人は制約されないと自由がわからない

「人は自分に欠けている所ばかり探してしまう」
という文章を読んだことがあります。


確かにそうだなと思います。


普段自宅にいるときはそんなに勉強する気じゃなくても、
補習所に行って授業を受けていると、この授業時間を自習してたら
もっと効率的に時間が使えたのにな・・・と思ったり。


この右足を怪我してなかったら、毎日走ってたのに。とか


あんまり思い浮かびませんが、人は不自由さを感じて初めて
普段自由であることを感じると思います。


きっと私が受験時代働きながら勉強してたら、もし働いていなかったら
自宅で思いっきり勉強するのにと思うでしょうが、

実際、専業受験生でどれだけでも時間が自由に使えたわけですが、
そこまで気合いが入ってなかったこともあります。


以前右手を失った画家の講演を聞く機会があったのですが、

「自分は右手を失ってやっと、左手があるという幸せに気づいた」

というようなことを話されてました。(たしか)


人は天の邪鬼のようなところが確かにありますね。


さて今日はこのへんで終わりです。


ps

今日もミナミの帝王を読んできた。現在のところ13冊読破。

別にどのマンガでもいいのだが、最近は勉強の合間に60分ほど
気分転換にブックオフに行くことがある。

60分でも勉強とは違うことを考える時間をとってやると、
とらない場合と比べてインプットの効率が上がっている。

ただ、これは受験生時代からそうだとはわかっていたが
短答や論文を控えた時期にはうまく休憩はとれてなかったですね。。